スライド:楠木正行の墓(への道標)

どうしても武将というと戦国時代の武将になってしまいそうですが、ぜひ南北朝時代のことも思い出してあげてほしいと常々思っています。

今日はそんな中でも東大阪市にゆかりの深い楠木正行公のお墓のような何かをご紹介します。 と言うほどでもなく、近鉄奈良線の瓢箪山駅の1番線ホームの中にあります。

瓢箪山は10分に1本くらい電車が来ますので、いったん降りても10分もお墓を見ることができますし、まあ電車の中からも見れます。

楠木正行って誰なの?

東大阪に住んでいても楠木正行(くすのきまさつら)と読めない人も多いので、念のために説明しておきますと、南北朝時代に活躍した武将です。朝廷が北朝(京都)と南朝(吉野)に分かれていたという動乱の時代ですね。

1991年のNHKの大河ドラマ「太平記」で描かれていたお話で、その時は「カイショウ無いね」でおなじみの中村繁之が演じていました。

で、何をした人かというと、楠木家のルーツまで探ると1冊の本になりそうですので、かいつまんで説明します。

お父さんの楠木正成(くすのきまさしげ)という人が鎌倉幕府を倒すのに貢献した人ですが、その後いろいろあって後醍醐天皇と足利尊氏が戦うようになり、後醍醐天皇に味方した楠木正成は神戸での湊川の戦い(1336年)で討ち死にしてしまいます。

その父の意思を継いで、足利尊氏と戦い、最後は四條畷の戦い(1349年)に足利軍の高師直に敗れて戦死したのが、楠木正行という人になります。

ちなみに大阪には四條畷市というのがありまして、そこで行われた戦いであるという説と、東大阪市の瓢箪山近辺に四条町というところがあり、縄手という地名も残っているところから、東大阪市のこの近辺で行われた戦いであるという説もあります。

個人的には四條畷の戦いは四條畷市で行われたとしておきたいところです。四條畷神社という楠木正行を主祭神とする神社があるくらいですし。

楠木正行のお墓はあちこちにあるみたいです

  • 善入山宝筐院(京都市右京区・首塚)
  • 往生院六萬寺(大阪府東大阪市六万寺町)
  • 大阪府四條畷市雁屋南町
  • 正行寺(京都府宇治市六地蔵柿ノ木町・首塚)
  • 大阪府東大阪市山手町(首塚)
  • 甑島墓所(鹿児島県薩摩川内市上甑町)

首塚が多すぎる気がするんですが、キングギドラみたいな人だったんでしょうか?

時代が古くなればなるほど、歴史資料が少なくなりますし、後からいろいろと作れてしまいますね。

最後になりましたが、これ実はお墓ではなく、お墓のある往生院への道しるべだそうです。『近鉄奈良線 街と駅の1世紀』という本によれば、駅開業の翌年に、大正天皇の即位を記念して寄贈されたとのことです。

一番最初に書けと言われそうですが、それはもうごめんなさいとしか言いようがないです。


店名 楠木正行の墓(への道標) (Signpost to Kusunoki Masayuki's grave)
所在地 東大阪市昭和町4-1
アクセス

近鉄奈良線の瓢簞山駅は各駅停車・区間準急が停車。なんばの所要時間は20~30分。たいていは後続列車の通過待ちが入るため、時間は多めに見積もっておくのがよいでしょう。

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東大阪市でフォルトゥナという屋号でホームページを作ったり、コンサルティングをしています。生まれてからずっと東大阪市在住です。 このサイトも自身で製作・運営しています。スマホなどの位置情報をウェブサイトで使ってみたいという方はぜひお声がけください。